のぐちよ日記

映画、本、アート、日々のことをちまちまと。

旅にでる 年末年始・東南アジア編 7(ハノイシティ歩き/だれが街のイメージをつくるか)

 東南アジアのなかでも、ベトナムは南北に長い国であるため国内でも寒暖差がある。

北に位置するハノイは、日本の比べたらずっと暖かいけれど、年始の時期でちょうど日本の4月くらいの気候といったところだろうか。滞在中はユニクロのウルトラライトダウンが大活躍した。

 

旅行前にハノイに行ったことがある友人、知人にハノイはどんなところか聞いてみた。しかし、なんとも渋い反応だった。

みんなが口をそろえて言ったのは、バイクの交通量がものすごく多いということである。

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それを聞いて、ホテルはぜったいにうるさくない場所にしようと決めていた。

ホテルの立地とグーグルマップを照らし合わせ、「便利な旧市街にあって、うるさくなさそうなところ」に絞って予約したのだが、無駄な抵抗であったことに、到着してから気が付く。

 

旧市街の道はほとんどが賽の目状になっており、さらにわたしたちが泊まるホテルは、大通りにぶつかる角地に位置していたのである。

便利で静かな場所を選んだつもりだったが、どちらも両立させることなんて、そもそも不可能だったのだ。

 

立地はイメージと違ってたもののホテルスタッフはとても親切で、サバサバしたひとばかりで良かった。

自然を味わい歴史を辿ったカンボジアと対照的に、買い物とシティ歩きのハノイにすることに決めていたので、レストランや名物料理、さらにはマッサージ店まで、隈なくおすすめを聞き、そこへ行った。

どれも良いお店で満足したので、滞在先としては文句なしである。

 

早速おすすめのベトナム料理店に行き、お昼を済ませた。

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(写真は良くないけど、とってもおいしい)

 

カンボジアもどれもおいしかったが、ベトナムはさらにそれを上回るのではないかと思う。スパイスの味付けや下味がしっかりされている感じがするのだ。

おいしさを支えているのは、野菜や肉類、素材すべてが新鮮ということだろう。

かつてフランスとアメリカが、のどから手が出るほど欲しがった“肥沃な土地”、ベトナム

そう言われた所以が分かった気がした。

 

滞在二日目は旧市街を歩いた。

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 ベトナムは新正月・旧正月どちらもあるらしい。お店にはその飾りつけと思われるものがたくさん売られていた。

 

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大きく広がるホアンキエム湖。その周りを、犬の散歩やジョギングをする地元の人々、わたしたちのような観光客が歩いていく。

 

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(湖沿いにあったお寺。入場料がかかったので、見学しなかった)

 

ホアンキエム湖を超え、しばらく歩くと大きな広場に出る。そこが目的地の大教会だ。

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ガイドブックには、100年以上前建てられ、フランス統治時代にネオ・ゴシック様式に改築されたと書かれていた。

宗教的なことはぜんぜんわからないが、 教会というものは、内装やデザインが国によって違うので面白いと思う。海外に行くときは、なるべく見るようにしている。

 大教会は、厳格な雰囲気である欧米の教会とは対照的な配色であった。

 

天井は、薄いグリーンが屋根からにじみ出たような色をしていて、ステンドグラスはビビットなピンクできれいだった。建てかえた当時はもっと色鮮やかだったのだろうか。

 

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大教会近くのカフェで一休み。

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 お茶と、ともだちが頼んだパッションフルーツのムースもおいしかった。

 

大教会までの道はパリのような、似通った道が続いていて町全体が迷路のようだった。

そして、ともだちとおしゃべりをして歩くのもままならないくらい、バイクの交通量が半端じゃない。

狭い道にバイクが何台も通り抜け、歩くたびにクラクションの音が聞こえてくるのだ。横並びで歩くのは難しい。

 

音ストレスというものがあると、聞いたことがある。そのせいなのか、苛々している観光客が多かった。

取り置きしたドレスがなくなっていると店員に延々文句を言ったり、頼んだメニューが来ないと憤慨していたりといった光景を見かけたのだ。

ハノイは滞在が3日と短かったものの、観光客のマナーが悪いという印象を植え付けるのに十分だった。

 

そもそも旅先の服屋で取り置きしてもらうなんて、期待できないし、メニューが来ないからって怒る必要ないのにと思うのだが、正直それだけではない気もする。

 

それはベトナムの通貨である、『ドン』が関係しているのではないかと思う。

大体のお店でUSドルが使えるものの、ローカルな屋台やタクシー、人力車はドンの支払いしかできないところが多い。

現在のレートだと1ドルはおおよそ23万ドン。支払いに苦労することは想像が容易いだろう。

そして、現地の人々はそのことをちゃんとわかっている。

 

タクシーや人力車でドルが使えたとしても「ドルだとこのくらいだから」と言って平気でふっかけられることもあった。両替レートがめちゃくちゃだ。

しかも値段交渉をほとんど聞き入れてくれないので、強かな商売人が多いのは確かである。観光客の気が立つのも少しわかる気がする。

 

しかし滞在中、いちばん不快な思いをさせられたのは、現地のひとからではなく、とあるバックパッカーからであった。

 

夜の旧市街にいたときのことだ。

わたしとともだちは、晩御飯を軽く済ませ、何かスナックを買ってホテルでおしゃべりしようということになり、おしゃれで小さな屋台を見つけ、一口サイズのチーズドックを購入することにした。

出来上がるまで簡単なテラス席で待たせてもらったのだが、目当てのものはなかなか来ない。代わりに違う品物がくる始末である。

 

これはわたしたちが頼んだものじゃない、わたしたちが頼んだのはチーズドックだよ、とスタッフに説明をすると、「もうとっくに渡したよ」と言われたのだ。

 

わたしとともだちが顔を見合わせたのを合図に、目の前の席に座っていた、ブルーのウインドブレーカーに、グレーのスウェットを履いた、欧米人の男性が立ち上がった。

 

そして彼はわたしたちに振り返り、にやりと笑うと、そのままどこかへ歩いて行ったのだ。

彼がいたテーブルには、テイクアウト用の袋が残されていた。

 

ほんとうは一、二秒の出来事だったのかもしれない。けれどわたしには一連の動きがスローモーションで流れたように見えたのだ。

 

強いショックを受けた時、ひとは一歩たりとも動けないのだと知った。

 

ともだちが「ねえもしかして…」と口を開いたのをきっかけに、我に返った。

それからは「ねえ!わたしたちの食べられたよね」「店員さんが間違えて渡したにしろ、なんで人の物を食べたの!?」とお互いパニック状態である。

そんなわたしたちを横目に、スタッフは何事もなかったように新しいチーズドックを持ってきたのだった。

 

ホテルまでの帰り道は「ふつう人のものを勝手に食べるか」だの「いたずらのつもだったとしても卑しい」だの散々悪口を言いながら帰り、部屋に戻ってからも、その話をずっとしていた。

 

そうでもしないと、あのゾッとする表情が頭にこびりついて、仕方がなかったのである。

ああいう客も対応しなくてはいけないとなると、ベトナムの人々も勝気になるだろうな、と少し同情する気持ちも湧いた。

 

のちに、旅行前にハノイについて聞いたとき、渋い顔をしたひとが多かったのは、滞在する人々の態度の悪さも原因としてあるのではないかと思った。

 見知らぬ観光客を批判することはある意味、差別的な発言をすることになるのだ。

 

欧米の男性と書いてしまったが、もしかしたら彼はアジア系かもしれない。

見た目では、出身もバックグラウンドもわからないのである。

もしそうだとすると、みんながどこか言いづらそうにしていたのも納得である。

 

その夜、わたしたちはコンビニで買ったバナナチップスとチーズドックを食べながら、眠気がやってくるまでずっとお喋りをした。