旅にでる 年末年始・東南アジア編 6 (グレー色の街・エメラルドグリーンの国)
プノンペンは、薄暗いグレー色の街だった。
一緒に行ったともだちも「なんだか不気味な雰囲気だね」と言っていたので、概ね同じことを感じたのだろう。
そして、その印象を色濃くつけるのに十分な出来事がわたしたちに起きていた。
プノンペンのホテルに到着した深夜のことである。
欧米の中年男性と現地の若い女性が、トゥクトゥクから降りてきたのだ。
玄関にいたわたしたちの前を通り過ぎ、宿泊するホテルに入っていったのである。
堂々と歩く男性の後ろを、黒のロングヘア―に、ミニスカートを履いた女性が続く。
おずぞずと、下を向いてついていく姿を見て、「現地で女性を買う」ってこれなのかと初めて知ったのだ。
その様子があまりにも気持ち悪くて、しかもこれから泊まるホテルで事が起こるのかと思うとぞっとした。
豪華なゴシック調のホテルは、立派だったものの、ミステリー小説にはうってつけのロケーションで、さらに不気味さを増していた。
朝を迎えると、不気味な洋館はヨーロピアンリゾートホテルに様変わりしていた。
到着初日にショッキングな場面を見たのもあり、緊張していたが、おいしい朝食ビュッフェと親切なスタッフにほっと一安心した。
街は違えど、ここはカンボジアなのだ。
朝食をとり、前回のブログにも書いた、あの虐殺博物館を見学した。
そうして、見終わる頃にはお昼を周っていたが、わたしとともだちはすっかり無気力になっていた。
前回のブログに書いた通り、あまりにも残酷な展示だったので(すべて事実なのがいまだに信じられない)ゆっくりお昼を食べるという気分にもなれなかったのだ。
気分転換にマーケットを見て回ることにした。
プノンペンでいちばん大きいマーケットらしい。
マーケットの入り口は食品エリアでぐるりと囲まれている。海鮮、屋台、フルーツや野菜など、種類によって細かくエリアが分かれていて、見ているだけで楽しい。
さらに進むと生活用品やアクセサリーを販売している建物に突き当たるのだ。
わたしがカンボジアの国民性について思うことは、几帳面なのではないかということである。
たとえばショップに置かれている品物がきちんと陳列されていたり、きれいにラップされた食品が売られているのだ。
プノンペンは首都でたくさんのひとが生活していることもあって、シェムリアップより汚いところはあるものの、十分きれいだなといった印象である。
それでも、どこか薄暗い雰囲気が漂う気がするのは、天候のせいだろうか、ポルポト政権のイメージがあるからだろうか。
気分展開ができたところで、ガイドブックに書いてあった、家庭的なクメール料理を食べられるお店へいくことにした。
ガラス扉にはトリップアドバイザーのシールが貼られていて、テラス席も店内席もお客さんでいっぱいで、店員さんにも活気があった。いかにも、人気店といった雰囲気だ。
席についてお水をがぶ飲みしているわたしに、ともだちが「あと30分くらいで出ないとマズイ」とぼそりと言った。
飛行機の乗る時間が迫っていたようである。
ともだちは、ほんとうにタイムマネジメントがしっかりできるひとだ。もしこれが、わたしの一人旅だったら、確実に上海の悲劇が再来していただろう。
なるほど、全く時間がないのかと気が付いたが、ここは日本ではない。すぐ料理が来る保証なんてないのだ。
早く作ってもらうよりも、オーダーをキャンセルした方が早そうだということになり、30歳前後の、黒髪で黒縁メガネの清潔そうな男性スタッフにお願いすることにした。
「これから飛行機に乗らないといけないんだ」そう言って、さらに言葉をつづけようとしたとき、男性が「だから、早く食べなくちゃいけない。でしょ?」と言った。
合ってる!でも違う!
「そう…なんだけど、もしまだオーダーが通ってないんだったら、作らなくていいからこのまま代金払わず出てもいい?」
そういうと男性は「ちょっと確認するから待ってくれ」と言い、すぐに小走りでわたしたちの席に戻ってきて「作り始めてるから、ちょっと待ってくれる?」と言ってきた。
ああ、わかったよ。わたしは彼に無理やり笑顔を作って言ったが、もうタイムリミットまで15分くらいしかなかった。
食べたい気持ちと、フライトを逃すかもしれないという不安でじわじわ、冷や汗が出てくる。
すると、ともだちが「なんかキッチンがやいのやいの、にぎやかになったね」と言ったのだ。
わたしはそのことに気が付き、ともだちとゲラゲラ笑った。
店内奥にある厨房は、わたしたちのオーダーを最優先にして取り掛かってくれたようだった。言葉は聞き取れないが、数人のシェフが大声で話しているのが聞えてきたのである。
急がせて申し訳ないが、やいのやいのという表現がぴったりで、さらに大笑いしたのだった。
そうやってどんどん出されていく料理を、わたしたちは無言で大急ぎで食べれるだけ食べ、お店を出た。
(どれもほんとうにおいしかった…)
お会計を済ませると、あのさわやかな黒縁メガネの男性スタッフは、笑顔でまたねと言ってくれた。
大都市にいたので忘れていたが、ここはクメール人の国。
どこであっても、大らかで親切な人々が暮らしていることには変わらないのだ。
砂ぼこりが舞う、グレー色の街をタクシーでかけ抜け、空港につくと真っ先にベトナム航空のチェックインカウンターに向かった。
なんとか間に合ったようである。
ベトナム航空は、きれいなエメラルドグリーン色で統一されていて、うっとりした。
エメラルドグリーンのロゴ、同じ色のアオザイを着た、美しくて気が強そうな女性たちが、きびきびと搭乗手続きをしていたのだ。
その華やかさに「これからいくのは経済発展した、豊かな国なんだろうな」という予感がして、離陸してすぐ眠りについたのだった。