パンケーキに罪はない
彼氏がほしい。けれど出会いがない。合コンにも呼ばれない。
だからといって、狭い部屋で「なんで出会いがないんだろう」とうじうじしているのも、「いつか白馬の王子様が…」と妄想するのも嫌なので、わたしは出会い系アプリを利用している。現実的なソリューション。
そうやって知り合った五歳ほど年上の男性は、面白くてやさしいひとだった。
「では、食事にいきましょう」と会ったのは、つい一か月ほど前のことである。
実際に会ってみるとイメージ通りのひとで安心した。
バルでおいしいおつまみを食べて、お酒をたくさん飲んで、冗談言い合って、楽しい時間を過ごしたのである。
しかし、その男性が「俺ミーハーだから、乃木坂46すきなんだよね」と言ったことがどうも気になった。
好きなことについて話すとき「俺ミーハーだから」と前置きするのは、自分を卑下しているし、「自分はこういう人間だ」と決めつけて言っているようで気に入らなかったのだ。
なにより、好きなものに対して失礼だと思った。
わたしは乃木坂46をよく知らないし、そもそもアイドル自体興味はないが、彼女たちがアイドルになるという夢をかなえてからも、日々努力をしているのは間違いないだろう。だから活動していられるし、ファンがつくのである。
その人はほかにも、前置きを言った。それは「俺おじさんだから」。
もちろん、彼がほんとうにおじさんだと思って言っているわけではない。それは新しいことを知らないと言うときの前置きで、一種の比喩だ。
話題になったNewsPicksの広告を皮肉った発言かもしれないが、そのときはまだリリースしていなかったと記憶している。
「ミーハーだから」「おじさんだから」という前置きを聞いてからは「他人の目を気にするひとなんだな」とがっかりして、結局それっきりになってしまった。
いいひとだったのに、そんな理由で?と思うかもしれない。細かいところを気にするなあと自分で思う。
けれど、「好きなものは誰が何といおうと好きだ」というひとのそばに、ずっといたいなと思ったのである。
とはいえ、そのひとからも連絡がないのでしっくりこなかったのはお互い様だったようだ。
アプリでの出会いは合理的で良いけれど、こういうときスパッと縁が切れてしまうのは、情緒がないなあと思う。
しかし、他人の目についたところは、大概自分にも当てはまるのである。
考えてみると、わたしも好きだ!とはっきり言えないものがあった。
それは、「パンケーキ」だ。
「インスタ映えする」というフレーズが一般的に使われるようなってずいぶん経つ。その対象になるのはカフェ、美しい景色、そしてパンケーキだ。
ホットケーキはいつのまにかパンケーキと呼ばれるようになり(むかしながらの喫茶店は今でもホットケーキと呼ばれているのかもしれないが)、フルーツや生クリームが山盛りにされ、華やかな姿でInstagramに登場するようになった。
そしてそのおしゃれっぽさから「女子っぽい」というイメージがついたのである。
わたしはあまり写真を撮らず、Instagramに興味がないこともあって「パンケーキが好き」ということをなかなか言えなかった。
加えて「女子っぽい」と呼ばれるものは薄っぺらいものだという意味を含む場合が多いので、言えたとしても「わたしパンケーキ好きなんだ。意外だよね」と言っていたのだ。最高にかっこ悪い。
しかし、パンケーキに罪はない。
わたしは一番シンプルな、メープルシロップがかかっているだけのものが好きで、一番おいしいと思っている。
ふわふわで甘さ控えめな生地に、とろーっとした甘いシロップをかけて食べる。生地にシロップが染みておいしい。
そして、食後にブラックコーヒーを飲むのだ。
最高な休日のできあがりである。
「ホットケーキミックス」を買って家で作れば安上がりだとわかっているにもかかわらず、小腹が空いたときに入ったカフェのメニューに「パンケーキ」を見つけると、いつもわたしは注文してしまうのだった。
わたしは、全然ひとのこと言えないなと反省して「今度から、胸を張ってパンケーキがすきと言ってやろう」と心に決めたのである。
その機会は、すぐきた。
同じ職場にいる先輩と雑談中に、スイーツの話題になり「甘いもの何が好き?」と聞かれたのだ。
きた!
迷わずわたしは「パンケーキです」と答えたのである。
先輩はニヤニヤしながら「女子っぽいね」と言った。やっぱりそういわれるよね、と思ったが、わたしは「そうですよね。けど、おいしいですよね?」と聞き返したのである。
すると先輩は「おいしい。パンケーキにソーセージが添えてあるものがすき」と笑顔で言ったのだ。
意外な返答だった。それはアメリカでよくある組み合わせである。わたしもすきだ。ソーセージの代わりがベーコンでもおいしい。
わたしと先輩は「甘いものとしょっぱいものの組み合わせって、いいですよね」と盛り上がった。
それから、都内のおいしいフレンチトースト(パンケーキじゃないけれど)のお店を、先輩は教えてくれたのだ。
単純なことだ、と思った。
おいしいものはおいしい、すきなものはすきと言えばいいだけのことだったのである。それが世間的にどういうイメージかなんて、おいしいものの前では無力なのだ。
パンケーキ以外でも、他人の目を気にして「すきだ」といえないものは、まだまだたくさんあると思う。パッと例えが思い浮かばないのが悔しいけれど。
それらを語るときの前置きを、少しずつでもへらしていく。
それがわたしの下半期の目標である。