のぐちよ日記

映画、本、アート、日々のことをちまちまと。

他人に興味がないひとの処世術

社会人何年目かになってくると、「他人に興味がない」と断言するひとが、意外に多いことに気づく。

その言葉を聞くたび、わたしははっとしてしまう。


よく言われていることかもしれないが、他人に興味がないと公言するひとは、実は他人に興味がある場合が多い。


正確にいうと「他人から見てじぶんがどう見えているか、気になっている(興味がある)」に近い。もしくは「自分と性格や趣味が合わないひとには興味がない」パターンだ。


正直、わたしは先述したどちらのパターンにも当てはまらないので、その発言を聞くと「それ、言って大丈夫?」と勝手にハラハラする。

絶対に隠すべきことだと思っているからである。


現代社会から距離を置いた孤高の職人でもないかぎり、世の中にある大概の仕事は他人とコミュニケーションし、協力し合わないとできない。

フリーランスだって、受注した案件のクライアントとうまくやりとりをしないといけない。


もし、他人に興味ないと言ってしまったら、確実に仕事をし辛くなるだろう。

公言しているひとたちは、何故だかどこか誇らしげで羨ましい。


正確に言うと、わたしは他人に興味がないと言うよりも、相手がどんなひとか聞かなくてもわかることが多々あるのだ。


ファッションや身振り手振り、口癖やよく話す話題でなんとなく、こんな感じのひとかなと予測がつく。


ひとが日常的に発している情報は、ことば以外にもたくさんあるのだ。


実際に相手のイメージで趣味を当てることが多いので、ちょっとした特技かもしれない。


多様にみえて、ひとは意外とカテゴライズされているのだ。


他人に興味があるふりができたらいいが、わたしは嘘をつくことが苦手なので、ぜったいできない。


そんなわたしの唯一の処世術は、一度相手から趣味や嗜好品を聞いたら、覚えておくことだ。

クライアントへは特にである。


例えば雑談の流れで「〜好きって言ってましたものね」「そういえば最近〜したんですか」と言うだけで、「よく覚えてましたね」と喜んでもらえる。

ひとが喜ぶ顔を見るのは嬉しい。


相手に聞きたいことは特にないので、職場では、中身のないトークを繰り広げることに注力している。

当然相手もわたしに興味がないと思うからだ。


しかし、天気とか芸能人のゴシップとかニュースの話とかそういった話を好まないひともたくさんいるようである。


わたしが自分の話をしないことが、逆に興味をそそられるのか、変わり者扱いされているのか定かではないが、同僚の誰かしらに根掘り葉掘り聞かれて、結果いつのまにか全員に広まっているのだった。

彼氏ができたことを知られたとしたら、次の日には全員に広まる。


一方で、周りから尊敬されたいという承認欲求が強いタイプに、いつもわたしは嫌われる。昔からである。


予想するに、そういうタイプにとって褒めてくれない、自分を持ち上げてくれないわたしのような人間は悪なのだ。


無関心は敵なのである。


何人か会うと今となってはもう初対面でわかるので、仕事に支障がないよう、ある程度コミュニケーションはとるものの、できるだけ関わらないようにしているが、わたしが遠ざかるほど、相手は近づいてくる。


業務の相談していないのに、アドバイスやダメ出しをしてきたり、わたしの経歴を根掘り葉掘り聞いてくるのだ。不思議である。


いっそじぶんを捨てて、褒めたり持ち上げたりできたらいいのにと思うが、嘘をつけないので、そんなことは到底できない。


それに、そんなことをしたところで、白々しくて相手にすぐバレてしまうだろう。


どうにかうまくやっていく方法はないか、いまだに模索中である。