吉本ばなな 過去と未来のお話「哀しい予感」
癒されたいとき、頭を空っぽにしたいとき、必ず私は吉本ばななを読む。
先程読了した「哀しい予感」
はっきりいって今回は完全にジャケ買いである。
パステルで描いたみたいな柔らかいタッチ。
ムンクの「思春期」を思い出した。
(Wikipedia 参照)
きちんとみると、全然似てないけど、色の彩度とタッチの柔らかさが似ている。
ムンクは心を病んでしまったので、狂気を感じる作品が多い。
皮肉にもそれが魅力でもあるけど、ノスタルジックな暖かい作品が沢山ある。
「ムーンリバー」はその代表ともいえる。
ずっと「ムーンリバー」のような、歪んだ抽象的な風景を思い浮かべ、読んだ。
しつこく表紙の魅力を語った後で、ようやく本編に触れることにする。
幸せな四人家族の長女として育った弥生。
弥生には幼い頃の記憶がなく、いつも違和感を持ちながら生活をしていた。
そんな中、ふいに子供のころ一度一人で遊びに行った
おばのゆきのの家に遊びに行き、そのまま数日暮らす事に。
ゆきのと暮らしてくうちに知る、ゆきのの生活や性格、そして弥生自身の幼い頃の記憶。
弥生が失われた記憶を思い出した後、おばが失踪してしまう。
弥生は、ゆきのを見つけるべく、記憶を頼りに、弟の哲生と昔家族で訪れた軽井沢へ探しに行くのであった。
弥生が19歳という年齢を明かしているだけで、何をしている子で何が好きなのかプロフィールを明かされていないことや、過去と未来が交互に書かれているので、あれ?これはいつの話だろう?と思うことがしばしばあった。
そこがまたこの物語のあいまいさの魅了だと思う。
弥生のおばであるゆきのは、高校の音楽教師で、古い一軒家に一人で住んでいる。
ものは片付かないし、散らかしっぱなし、掃除もまともにしない。
粗大ゴミは全て裏庭に放置してしまう。
ゆきのは、変わらないことを大切にしている人物で、思い出の中で生きている。
過去の出来事を話していることが多いが、悪口やネガティブな発言をせず、
人に合わせない性格である。
変わり者で、物事やキャラクターの気持ちを一言でついてしまう、洞察力のあるゆきの。
私はゆきのが物語で一番好きだ。
学生にとってゆきのがどう見えているのか、教師の顔はどのくらい違うのか想像してしまうくらい、ミステリアスな女性である。
ピアノを弾くときのゆきのシーンがきれいで不潔な印象を受けず、散らかった部屋もむしろ味があるように思えてしまう。さすが吉本ばななだなと思った。
弥生の高校生の弟、哲生も、ゆきのの魅力を引き出すことに一役買っている。
哲生は前向きで、あっけらかんとしていていつもみんなの中心にいるような人物である。
ゆきのと哲生は真逆の性格である。
よく、哲生の性格を表しているシーンがある。
冒頭、日曜日の朝に、今度弥生の家族の家にくる子犬のために犬小屋を作っているシーン。
弥生が「子犬をもらってくるんじゃないの」と聞くと
「いずれ大きくなるだろう、だから大きめのを作っておきたいんだ」という会話をするシーン。
哲生の性格がよく表れている。
今後どうする?どうしたい?という哲生が弥生に度々言うところも、前向きな性格であることをうかがえる。
暗くて哀しいものがたりだけど、哲生の「これからどうする?」のセリフで希望がみえたり、ストーリー展開が変わっていくので、辛気臭くならない作品である。
途中で出てきた、ゆきのの彼氏の正彦もとてもいい人物なんだけど、正彦の説明をすると物語も後半なので、ネタバレになるため、触れないでおく。
弥生の記憶が行ったり来たり、飛んだり、抽象的な表現が多く、家族の思い出をつぎはぎで追憶しているような気持ちにさせられた。
物語というよりも詩のようであり、家族写真のアルバムをめくっているような作品だった。