憂鬱のファミリーセール
先週の土曜日は文化の日という祝日だったらしい。そこに合わせたように、たった1日だけ催された伊勢丹のファミリーセールへひとりで行った。
その日は昼過ぎにおきた。しかも、友達と夕方近くに会う約束をしていたので、ざっと計算しあと2時間半ほどしかない。駆け足の買い物を覚悟で、会場である京王プラザホテルに向かう。
そこへは一度行ったことがあるのにもかかわらず、新宿西口に到着し、はてどこだったか。全くわからなくなった。
西新宿は迷路だと思う。異論はないだろう。広くて似たような建物が混在するので、方向さえもわからなくなる。
東京で迷う場所といったら、わたしは池袋と西新宿をあげる。
それにしても文明の進化は素晴らしい。意気揚々とわたしはグーグルマップを開く。
京王プラザホテルは、意外にも自分がいる場所の近くにあることがわかる。
グーグルマップが示した「京王プラザホテル1泊あたり82000円」に恐れおののく。
携帯からちらりと目を落とし、自分の足元を確認する。
靴の汚れに気付いてげんなりする。
ついてしまったならしかたない。高層で高級なホテルに入り、会場を目指す。
ホテルの4階は紳士服、5階は婦人服といった風に、売り場が分けられていた。
ファミリーセールの客層は意外にもまちまちで、近所で見かけそうな人もいれば、イメージ通りのマダムもいる。多くみたのは、マダムとその娘の組み合わせだった。
婦人服コーナーは、想像していたよりも規模が大きくて驚いた。
ワンフロアに、ハイブランドの商品がラックごとに並べられているのだ。
入り口近くは靴コーナー。レペットがあったので履いてみたけれど、どうもつま先がきつくて合わない。タイムリミットまであと1時間半。
靴は後でゆっくり見ようと思い、先に服を見ることにする。
ジルサンダーネイビーでかわいいニットを見つけ、商品を広げる。値段をみて、元に戻す。
頑張ったら買えそうなブランドを探そうと決意する。
同じようなことを考えてた人が多かったのかもしれない。
ポールスミスの服はぐちゃぐちゃで、こんもりと山になっていたので、そのまま素通りした。
通りすがりのマダム二人が「どうせ売れ残りを並べてんのよ」と悪態をつく。
そう思うなら、来なければいいのに。来なければ、もう少し人口密度が下がるのに。
タイムリミットまであと1時間。
急いでリースタイルの売り場へ向かう。
またキャラの濃そうなマダムが、ラックにかかったハンガーを、勢いよく横にキッキッと動かす。
音が気になって服を見るどころじゃなくなる。
そうしたら、そういった音がフロア中に響きだす。
タイムリミットまであと30分。
反響する金属音を聞きながら、通り過ぎていく人をよけながら「ファミリーセールって、あまりいいものはなかったなと、手ぶらで帰るんだよな」と思い返していた。
掘り出し物に出会えるかもしれないと思って向かうが、出会えたことはほとんどない。
いつかのコールハーンのファミリーセールは良かったけれど、それくらいのものである。
わたしはいつも都合の悪いことを忘れ、同じようなことを繰り返してしまうのだった。
最後に冷やかしでハイブランドをみる。
早速エメラルドグリーンの、大判ストールに一目惚れ。
試着をしているわたしに、店員さんが近づいてくる。
軽快なセールストーク。それからコーディネート提案。
ふんふんと頷きながら、さりげなく値札をチェックする。
その仕草に店員さんが「もとは9万円なんですけど、3万円に値下がりしました。コレクションで身に着けていたものなんですよ」と言う。
そうなんですね。半分買う気持ちになる。
店員さんが言った。「それに、ブランドのボックスがつくんですよ」。
ボックス?特典かな?「ボックスってなんですか?」と尋ねる。
余裕のある笑みを浮かべながら、店員さんはこう言った。
「ブランドの、箱のことですよ」
バカバカしくなって、すぐに会場を出た。