小粋な結末の短編集 サマセット・モーム「ジゴロとジゴレット」
小説を読んで何を面白いと思うか読者それぞれだが、巧みなストーリー展開やひねりのきいたエンディングにおいて、モームの右にでる作家はいない。そういった特徴は『月と六ペンス』や『人間の絆』 などの長編にもうかがえるが、とくに短編が素晴らしい。
訳者、金原瑞人さんの訳者あとがきからの引用である。
- 作者: サマセットモーム,William Somerset Maugham,金原瑞人
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/08/28
- メディア: 文庫
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月と六ペンスを読み終わって、いてもたってもいられなくなり近所の本屋へ走った。
作家の他の作品を読みたい、もっと知りたいという衝動が抑えられなくなったのだ。
作家の代表作「人間の絆」がなかったので、たまたまあったこの短編集と、「英国諜報員アシェンデン」(ハードボイルド小説のようなタイトルである)を購入した。
この短編集に挿入されている話は全部で8話。
「アンティーブの三人の太った女」「征服されざる者」「マウントドラーゴ卿」「ジェイン」が特にわたしのお気に入りだ。だが、ほかの作品も捨てがたい。
そもそも、わたしは短編集があまり好きではない。
始まりはわくわくしても、結末が尻切れトンボの感覚になる作品が多いからだ。
あとは読者の想像にまかせます、というスタイルだってある程度、作家はその後を想像して書いているんでしょう、と生意気に思うのである。
サマセット・モームはそういったストレスが全くない。ストーリー展開が波のようである。ざばーんと大きな見せ場を与え、引き際もきれいなのだ。結末でぶつり、と切れることもなくクスっと笑わせられたり、はあー、と(幸福な)ため息をついてしまうような余韻を残したりする。
間違いなく彼の短編集は、訳者あとがきの通り「巧みなストーリー展開」といえるだろう。
わたしはそれに加えて「なぜこんなにわかりやすくストーリー展開をつくれるんだろう」というところが気になった。
ひとつの、わたしの考えだけれど「簡潔なキャラクター説明」にあるのではないかと思う。
「アンティーブの三人の太った女」をたとえにあげたい。
避暑地でダイエット中の中年女性たちのもとに、その女性の親戚のスレンダーな女性が現れて巻き起こる仲間割れの話なのだが、かなり笑える話だ。
冒頭を引用する。
ひとりはミセス・リッチマン、寡婦。もうひとりはミセス・サトクリフ、アメリカ人で二度の離婚歴あり。三人目はミス・ヒクソン、この年で未婚。三人とも四十代で、金に困ることもなく、悠々自適の生活を送っている。ミセス・サトクリフのファーストネームはアロー。ちょっと珍しい。若くてほっそりしていたときは、アロー(矢)という名前が好きだった。自分にぴったりだし、ときどき、いや、しばしば、そのことでからかわれることもあったが、それはそれでうれしかった。自分の性格に当てはまる。まっすぐで、速くて、目指すところが明確だ。ところが最近は、その名前がうっとうしい。繊細だった顔立ちは脂肪のせいで野暮ったくなりじめ、腕や肩は太くなり、ヒップも目立って大きくなってきた。
関係と主要キャラクターの特徴を一気に書いている。ここで1ページほどである。
このあともキャラクター説明が続くのだが、大まかにどのキャラクターがメインでどういう背景があるのか、先に説明してしまっているのだ。まるでドラマのあらすじの冒頭ナレーションのようでわかりやすい。
他「マウントドラーゴ卿」から冒頭を引用する。
オードリン医師はデスクの置き時計に目をやった。六時二十分前。おや、めずらしい。診察の予約時間を過ぎている。マウントドラーゴ卿は時間に遅れないのが自慢であった。卿はいつも仰々しい話し方をするので、普通の言葉までが格言めいてきこえる。
そんな卿の口癖のひとつが、「時間厳守は、賢者にはほめ言葉、愚者には非難の言葉」だ。マウンドトラーゴ卿の予約は五時三十分だ。
タイトルの「マウンドトラーゴ卿」で貴族の話であることはわかるが、この冒頭でどうも硬くるっしい嫌味な人物であることがわかる。
ここでも簡潔なキャラクター説明をしており、実に見事である。
サマセット・モームは第二次世界大戦中諜報員であったというのは、有名な話である。
生い立ちもあるが、その仕事からヨーロッパの各方面にいったようで、彼の小説の舞台は様々である。
当時、飛行機なんて当然なく船旅であった。目的地にいくだけでも、苦労しただろうなあと思う。
もしも、今サマセット・モームが生きていて、アジアも楽々直行便で行けることを知ったら、どこに行ってみたいか聞いてみたい。
大ファンのわたしとしては、もちろん「日本」という答えを期待してしまうが、彼の小説の結末のような、粋な返しもして欲しいなあと妄想するのであった。