一瞬と永遠と香りについて
Oh baby 今夜のキスで
一生分のこと変えてしまいたいよ
七尾旅人、サーカスナイト冒頭の歌詞である。
刹那的なものと永遠の対比である。恋の情熱と、この時間軸の比較がすごく良い。いい意味でとても大げさなことに感じる。聴くたびに聞き入ってしまう曲である。
一昨日の嵐の夜のことである。家のベランダを開けた時、沈丁花のにおいがふわっと香った。
雨風にさらされても細い枝は折れず、ピンクの花びらも散らなかった。晴れの日より一層匂い立つとは、力強いなあと思った。
日本語には物から発するにおいの言葉が2種類ある。新明解国語辞典にはこう書いてある。(香りは匂いとほぼ同じ意味なので外している)
①匂い そのものから漂ってきて鼻で感じられる(よい)刺激。
② 臭い 腐った魚などから漂ってきて鼻で感じられる・悪い(いやな)刺激。くさみ。
おなじ読み方でも、真逆の意味であることが面白いなあと思う。対して英語だとたくさんの単語がある。
①aroma 食べ物、飲み物の強い香り
②fragrance 花や植物の良い香り
③perfume 香水や花などの自然の良い香り
④stink 非常に強く嫌な臭い
⑤odor 科学的特性としての強い嫌な臭い
一部サイトからの引用である。英語だと5種類以上もあり「匂い」に該当するものは3種類もある。英語だとどうしてこんなにあるんだろうか。もしかしたら香水のせいかもしれない。
高温多湿の日本は、古くは江戸から大衆浴場などお風呂文化の歴史が長い。清潔感が一番という価値観だったら一番いい匂いは「石鹸」のにおいになるはずだ。もしくは「無臭」「花の香り」。人工的な香りは必要なかったのではないかと思う。
現に、柔軟剤も日本ではあまり種類が少ない。
それに比べ、欧米、例にフランスであげるとお風呂に入ることは病気になるとされていたため、ほとんど入らないで過ごしたらしい。
フランス、ブルボン王朝の時代、オーストリアのマリー・アントワネットが政略結婚のため、14歳で嫁入りする。オーストリアは入浴の風習があったらしい。
若くかわいらしい花嫁に習って、王室にお風呂の文化が根付いたそうだ。
想像するだけで気持ち悪いが、お風呂に頻繁に入らないとすると、体臭はとんでもないものだろう。鼻が曲がらないように香水を使ったというなら、理にかなっている。
香水文化が長い欧米では多種多様な香りがある。たくさんの香水があるし、その倍近くたくさんの調合がある。
孤独なフランスの調香師の話である。抜群の嗅覚と調合センスを持っている主人公は、あるとき「女性」に特別な良い香りがあると気付くと夜な夜な殺してエッセンスをとる…という内容の映画だ。
ぞっとする話だけれど、殺人シーンすら美しいし、香りという目に見えないものをここまで表現したことはすごいと思う。正直、女性を殺してエッセンスをとるシーンはうっとりしてしまう。殺人シーンにもかかわらず。
香りというのはどうしてこんなに惹かれるんだろう。
目に見えない美しさだからではないだろうか。「サーカスナイト」の「今夜のキス」のように、香りは一瞬で過ぎてしまうものである。
香水の効果は一日で消えてしまう。永遠ではないし、もっというなら、香りは息を吸うときでしか味わえない。吐くときには消えてしまう。
だから香りは記憶に残るものなんじゃないだろうか。気持ちもそうだ。目に見えないからこそ記憶に深く刻まれる。
一瞬のものをずっと忘れないようにと。人間の脳みそはほんとうによくできている。