のぐちよ日記

映画、本、アート、日々のことをちまちまと。

嫌いな音、好きな音/蓮沼執太フィル「フルフォニー」について

物音に敏感らしい。

ある日、わたしがテレビを見ている隣にいた母が、ビニール袋を触りガサガサと音をたてた。わたしが「なんだ」と反応したとき、母は「一々うるさいよ。大げさだよ」と言ったのである。

 

最近そのことに自覚してからは、余計に物音を気にするようになってしまった。

中でも 一番嫌いなのは金属音である。例えばパスタを食べる時なんてそうだ。

カフェやレストランで、片手に持ったスプーンの上にパスタをのせ、フォークを器用につかいながら、それを巻き付け食べる人が隣にいたとする。そのスプーンとフォークのキッキッとこすれあう音が、どうしても気になるのだ。

もしひとりでいたら、すぐにイヤホンで音楽を聴くか、お店を出てしまう。

 

他には、子供の泣き声、油性サインペンを書くときの音など。その嫌いな音ランキングの上位に入るのは、歯医者のドリル音である。

 

睡眠中の歯ぎしりと、集中すると歯をかみしめる癖のせいで、顎が痛くなった。どうにかしたいと思い、助けを求め歯医者に行った。

 「歯ぎしり・かみしめ防止のマウスピースを作るには、歯型を取る必要がある。そのためには、まずは虫歯を治さなければならない」と先生が言い、今虫歯の治療をしている。

そこに登場するのは、あのドリルだ。

キュイーンという、高くて耳障りなあの音で歯を削り、その振動がダイレクトに顎に伝わる。

わたしがいつも嫌そうな顔をしているからか、先生も歯科助手さんも「大丈夫ですよ、力抜いてください」と治療の時に優しく声をかけてくれるのだ。

虫歯治療は自分自身のため。

治療をするにはあの嫌なドリルが必要だ、ということは重々分かっているし、一々反応するなんて、大げさだと自分を恥じるけれど、こればかりは仕方ない。

 

大嫌いなドリル音を聞きに行く道すがら、先週末に行った、「フルフォニー」を思い出していた。

それは蓮沼執太が作曲し歌い、指揮をするオーケストラ、「蓮沼執太フィル」の先週末のコンサートのことである。

会場はすみだトリフォニーホールという、大きなパイプオルガンが真ん中にある、クラシックのコンサートホールだった。

バイオリンやグランドピアノ、パーカッションの並びに、エレキベースやドラムがある。ポップでいて、新旧ミックスされたような、新しい音楽だ。

友達に誘われていくことになり、アーティストのことも、コンサートホールのことも知らなかったので、新鮮な光景だった。

 

メンバー各々が着ているTシャツやワイシャツの胸元、肩、背中それぞれ違うパーツに2色の細長い破片がプリントされていた。

その2色の組み合わせは、メンバーよってバラバラだった。紙吹雪をデザインしたとのことだ。

 

演奏は、その色とりどりな破片のイメージに近かった。

音はまるで、水彩絵の具みたいだった。曲が始まるとそれを筆にとり、ホールの天井に向かってまっすぐ線を描いていく。演奏が進むにつれ、次々と色が足されて、混ざって滲んでいくような気がしたのだ。

同時に、いつも行くようなライブハウスとは違う、音のクリアさと響きを感じていた。コンサートホールってすごい。

そしてそのポップさを引き締めるビビッドなさし色のように、環ROYがラップをするのだ。

不思議な空間だった。音楽って体感するものだなあ。行ってよかった。

 

歯医者さんの治療がなんとか終わり、待合室で会計を待っていた時、ふと「歯医者さんはあのドリルの音をどう思っているんだろう」と気になった。

 

嫌な音と好きな音の境目には、なにがあるのだろう。音楽になると心地よくなるのはなぜなんだろうか。

そこには音階や周波数というものが関係しているようだけれど、わたしにはよくわからない。だって、歯医者さんは毎日毎時間、ドリルの音を聞いているはずなのにへっちゃらなのだ。その個人差が不思議でならない。あの音を好きな人もいるのかもしれないと思った。

 

気になったら確かめずにはいられない。

名前が呼ばれ、受付でお会計をしている合間に「変なこと聞くようですけど…」と対応してくれた、年配の歯科助士さんに話を切り出した。

歯科助士さんが顔をあげ眼鏡がきらりと光った。なんだろうという顔をして、目をまるくしている。

「なんでしょうか」そう聞かれたので「歯医者さんで働かれているひとは、ドリルの音が気にならないんでしょうか。わたし、あの音が苦手なので、気になって」と言った。

すると、いつもおっとり笑う歯科助士さんが、マスク越しでもわかるくらい、大きな口を開け、笑い声をあげたのだ。言ったことを少し後悔した。

 

「得意なわけじゃないですよ。体調によって癇に障ったりします。けれど、本当に苦手なひとは矯正専門になるんじゃないでしょうかね」と優しく答えてくれた。

 

確かにそうか、と思いながら「なんだ歯医者さんで働いているひともあの音が好きじゃないんだ」と思うと、一々音に反応して恥じていた気持ちが、軽くなったのだった。

 

 

www.hasunumaphil.com

 

最近の通勤中に聴く音楽は環ROYのOffer。

MVもかっこいい。

youtu.be

街並みの描写、「君がきづかないフリをやめるまでここで待つよ」という歌詞にしびれました。