中島みゆき「悪女」
有吉佐和子の「悪女について」という本を読んだことがある。
ある日突然、キャリアも人気もあった女性実業家が亡くなった。一代でキャリアをつくりあげ、スキャンダルもあったことから散々マスコミに取り上げられていた女性であった。突然死した女性の周りの人々のインタビューでのみ成り立っている小説だ。
ひとによりそれぞれ、女性の印象やエピソードが違い、ひとりの人間から善・悪・虚が出てくる。何考えているかわからない。どの顔が本性かわからない。この女性の多重人格性こそが魅力であるし、そういう人のことを「ミステリアス」と表現し、ときに「悪女」という。
面白くてあっという間に読み終えてしまう本である。
マリコの部屋へ 電話をかけて
男と遊んでる芝居 続けてきたけれど
あのこもわりと 忙しいようで
そうそうつきあわせてもいられない
土曜でなけりゃ 映画も早い
ホテルのロビーも いつまで居られるわけもない
帰れるあての あなたの部屋も
受話器を外したままね 話し中
※悪女になるなら 月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた言葉がほろり
こぼれてしまう「行かないで」
悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙 ぽろぽろ ぽろぽろ
流れて 涸れてから
女のつけぬ コロンを買って
深夜のサ店の鏡で うなじにつけたなら
夜明けを待って 一番電車
凍えて帰ればわざと捨てゼリフ
涙も捨てて 情(なさけ)も捨てて
あなたが早く私に 愛想を尽かすまで
あなたの隠す あの娘のもとへ
あなたを早く 渡してしまうまで
※悪女になるなら 月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた言葉がほろり
こぼれてしまう「行かないで」
悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙 ぽろぽろ ぽろぽろ
流れて 涸れてから
こちらの悪女はミステリアスよりも男遊びが激しく、生意気な女性像である。
中島みゆきの「悪女」の歌詞だ。※はさびで、一番も二番も同じ歌詞が使われている。1981年に発表された曲なので「マリコの部屋へ 電話をかけて」、「受話器を外したままね 話し中」から家の電話が主流だったのと、「深夜のサ店」から当時を感じる。今聞くと古く感じる曲である。
恋人にはあたらしく好きな人ができた。それなのに、別れをなかなか切り出してこない。自分から「好きな人できた?」と聞くのはつらいし、心変わりは責められない。まだ恋人のことを好きだから、自分から別れを切り出すなんてこともできない。
せめて、「悪女」になった私を理由に振ってほしい。
わたしなりの解釈だと、そういった曲である。
①マリコの部屋へ 電話をかけて
男と遊んでる芝居 続けてきたけれど
あのこもわりと 忙しいようで
そうそうつきあわせてもいられない
土曜でなけりゃ 映画も早い
ホテルのロビーも いつまで居られるわけもない
帰れるあての あなたの部屋も
受話器を外したままね 話し中
②女のつけぬ コロンを買って
深夜のサ店の鏡で うなじにつけたなら
夜明けを待って 一番電車
凍えて帰ればわざと捨てゼリフ
涙も捨てて 情(なさけ)も捨てて
あなたが早く私に 愛想を尽かすまで
あなたの隠す あの娘のもとへ
あなたを早く 渡してしまうまで
さび前の①②は徹底した悪女のふるまいである。恋人にあたらしいひとができて、ふってもらうために遊び歩き、朝帰りをする女を演じている。
①②は主人公が悪女にみせるための行動、理由のみをうたっているが、さびは心理描写をうたっている。
悪女になるなら 月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた 言葉がほろり
こぼれてしまう「行かないで」
悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙 ぽろぽろ ぽろぽろ
流れて 涸れてから
ああ、強がっちゃってもう…。主人公がめんどくさくって恋人のことが大好きなことがわかる。
ここでより、感情表現をしているところが「ほろり」「ぽろぽろ」であると思う。
説明するよりも、ふいに出てしまったものが本心に思わせる。悪女のふるまいは相手からふってもらう理由を作ることと言えるけれど、最後に恋人にかまってほしい、気に留めてほしいという気持ちの表れではないであろうか。
相手のことを想っているようで、じつは自分本位で、素直でいられないというのは、恋愛感情そのもののだと思う。
あるとき、ふと気がついたのですが、私が好むところの字数を要する言い回しには、偶数かどうか、「あまつさえ」「言えなくもない」「たとえていえば」「耳にする」等々、五音または七音が多いようです。
(「編集手帳」の文章術 竹内正明)
確かに、五音、七音は心地が良い語感である。
悪女にもたくさん七音の歌詞が出てくる。
「マリコの部屋へ/電話をかけて」「あのこもわりと」「 映画も早い」
「女のつけぬ/コロンを買って」「夜明けを待って/一番電車」「涙も捨てて/情(なさけ)も捨てて」「あなたの隠す/あの娘のもとへ」さび前だけでもこれだけある。
また、さびでは「かくしておいた/言葉がほろり」で七音ずつ、続いて「こぼれてしまう/いかないで」で七音、五音。「流れてから」「涸れてから」で五音である。
情報量と、言葉が多い歌詞だけれど、聞き心地がよいのは、音数が五、七にそろえてあるからであるとわたしは思う。
五、七ではないけれど「裸足で/夜明けの/電車で」も四音でそろえてあるので、すごくリズムがよく聞こえる。
シンプルなメロディにここまで凝った曲を作るなんて。中島みゆき、おそるべしである。