のぐちよ日記

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中国人の友達が東京にきた! 5 上野美術館めぐり編(プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光)

上野美術館めぐり後編は西洋美術館の「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」についてです。

artexhibition.jp

 

17世紀のスペイン絵画展で、ディエゴ・ベラスケス作品7点と他傑作70点の展覧会である。

 

ディエゴ・ベラスケス(1599-1660年)はスペイン王、フェリペ4世が才能を認め当時は異例、家臣として仕えた宮廷画家だ。

 

ポスターに王族の肖像画がプリントされている展覧会を見に行くときは、事前に関連本を読むことをお勧めしたい。

王がどういう人物だったのか知ってから作品をみたほうが、より肖像画が魅力的に見えるからだ。

ロシアだったらロマノフ朝、フランスだったらブルボン朝、そして大帝国を築いたスペイン王ハプスブルク家ならなおさらである。

特に中野京子さんの名画で読み解くシリーズは、わかりやすいし、当時のゴシップもちりばめてあっておすすめだ。

 

プラド美術館展に関連している本は「名画で読み解くハプスブルク家 12の物語」である。

 

名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)

名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)

 

 

 宮廷画家は、誰もが憧れるような王を描くことが仕事である。実物より100パーセント美化されていることが常識だ。

例えば、先ほども紹介したベラスケスびいきのフェリペ4世だが、政治を家臣に任せきりで「無能王」と陰口をたたかれるほど、功績のない人物だったようだ。ベラスケスの描くフェリペ4世はどうだろうか。

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 ベラスケスが24歳の時に描き、認められた作品である。(1623年制作)

 

シックな黒に身を包み、すらっとした出で立ちは知的な人物に見えないだろうか。

豪華絢爛でなくとも、威厳があるのだ。

「王としてこう見られたい!」というフェリペ4世の思いを的確に表現したからこそ、ベラスケスは認められ、たくさん絵を描かされたのだ。(実はベラスケス、過労で亡くなったとされている。フェリぺ4世は相当仕事させたんだろうな)

 

展示室は黒で統一されていた。それにしても、作品はどれも暗い。どうしてスペイン絵画って暗いんだろうか。

スペインハプスブルク家の歴史のせいだろうか。

 

ハプスブルク家は王位をほかへ渡さないために、近親結婚を繰り返したことで有名だ。フェリペ4世の顎が長く、突き出ているのも、先祖代々の遺伝が強く出ているからである。

 

近親婚で生まれた子は早死することは当時でもわかっていたのに、血筋にこだわった王家は次々と子供を亡くしてしまう。

フェリペ4世の息子、バルタサール王太子は16歳という若さで亡くなる。ちなみに、6歳の頃に描かれたとされる肖像画も今回展示されていた。

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王太子 バルタサール・カルロス騎馬像(1635年頃制作)

上海の友達が「ピンクは当時位の高い人が身に着けた色なんだって」と教えてくれた。知らなかった。なるほどなあ。

 

バルタサール王太子の許嫁は、フェリペ4世の妹(オーストリア王妃)の娘マリアナ(いとこ同士!)であった。

「息子が死んでしまった。新しく妻を迎え、なんとしても後継ぎを生まなければ…」

フェリペ4世は考えた。実は不幸にも王子がなくなる2年前、フェリペ4世の妻であったイサベル王妃は、天然痘で亡くなってしまったのだ。

 

勘が鋭い方はすでにお気づきだろう。そう、フェリペ4世はなんと息子の許嫁だった29歳年下のマリアナと結婚したのである。げーっ姪っ子と結婚…。狂っている。マリアナかわいそう。

 

血が濃すぎる結婚で生まれた、息子カルロス2世(世界史の一番嫌いなところ。どうして次がフェリペ5世じゃないんだ)は心身ともに障害を持って生まれ、結局、後継ぎが生まれず、スペインハプスブルク家は没落してしまう。

 

王位継承のための近親結婚と度重なる戦争。ドロドロの歴史である。

 

ベラスケスは、宮廷で働いていた道化師の肖像画も描いている。

「バリューカスの少年」(1635~1645年制作)が今回展示されていて、印象的であった。ちなみに、先ほどのフェリペ4世の最初の息子、バルタサール・カルロス王太子の遊び相手だったそうだ。

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「ベラスケスとプラド美術館の名画」の本に、バリューカスの少年の解説が載っていた。

ぼんやりとした焦点の定まらない眼でこちらを見つめる姿には、モデルの過酷な現実が重なる。

当時、身体の障害がある人は「慰みの人々」と呼ばれ、王家の子供の遊び相手や道化師として宮廷に仕えていた。

確かに、見た目で仕事を決められるのは差別的だ。けれど、わたしは作品を見て解説のようには感じず、少し大人びていて、冷笑的な印象を受けた。

ベラスケスと「仕事つらいけど、お互いやっていかなきゃな」って言い合いそうな顔をしているなあと思った。

 

ベラスケスの描いた肖像画はどれも品があるし、表情豊かでよく人のこと見ていたんだろうなと思う。

だが、フェリペ4世はかっこよくもないし、魅力的でもない王を描くのってどうだったんだろう。フェリペ4世の子供たちを描いても、早死にしてしまうし、どういう心境で働いていたのだろうと気になった。

 

 プラド美術館展のあとは西洋美術館の常設展へ。

久しぶりにいったけれど、藤田嗣治が展示されていたので驚いた。名画もたくさんあったので企画展だけでなく、たまには常設展を覗いたほうがいいなと思いました。

 

そういえば、友達が美術品の写真を撮れないことに驚いていた。そして「日本の美術館静かすぎない?中国はフィッシュマーケット並みにうるさいよ」と言っていました。鑑賞スタイルにも違いがあるなんて、面白いなあ。

 

次で最後です。