のぐちよ日記

映画、本、アート、日々のことをちまちまと。

お人よしは報われるの? 遠藤周作「わたしが・棄てた・女」

ラジオで爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で」が流れていた。

昔の曲だなあとぼんやり聞いていたんだけれど「ペンフレンド」という歌詞に一瞬どきっとした。聞きなれない言葉は一気に当時の空気を感じる。

 

その曲よりだいぶ前だけれど、ペンフレンドでつながった男女の小説を読んだので、ブログに書こうと思う。

 

新装版 わたしが・棄てた・女 (講談社文庫)

新装版 わたしが・棄てた・女 (講談社文庫)

 

 遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」。棄てた男と棄てられた女の物語である。

 

舞台は戦争から3年後の東京。

棄てた男、吉岡は貧乏大学生で、穴の開いた靴下を逆にして履いたり、ルームメイトの長島と下着をシェアをし、貧乏で不潔な生活をお茶の水で送っている。

ペテンまがいの日払いのアルバイトをしていて、お金と女性に飢えた生活を送る。幼い頃、小児麻痺があったのですこし足を引きずって歩く。

 

棄てられた女は森田ミツ。川越出身の19歳で、経堂の工場で働いている。趣味は大衆映画を休日に見ること、雑誌を読むこと。美人じゃない、ミーハーでちょっとあか抜けない女性だが、人が困っていると見過ごせないお人好しで、優しい心をもつ。

 

吉岡は下心のみで、雑誌の文通仲間募集の欄からミツに手紙を出し、二人は下北沢で出会う。あか抜けないミツにがっかりした吉岡。それに対しすっかり吉岡を好きになったミツ。

吉岡は渋谷でホテルに誘うが、経験のないミツは断る。しかし小児麻痺があったことを吉岡はミツに打ち明け(同情を誘いたいだけの理由で)2回目にあった時に、とうとう二人はホテルへいく。

 

その後、吉岡は引っ越しをし行方をくらます。ミツは吉岡のことが好きなまま、時は流れる。

 

1950年、吉岡は大学を卒業し就職する。就職先の同僚のマリ子を好きになるが、社員旅行でマリ子が昔、ミツの働いていた工場の同僚だったことを知り、ミツのことを思い出す。

しかし、決して懐かしさではない。マリ子とやれないから代わりの女性いないかと考えた末、思い出した程度の存在である。

 

吉岡と連絡が取れなくなってから、転々としていたミツであるが、吉岡は下心のみでミツの居場所をつきとめ、会う約束をし、喫茶店で付き合おう!とミツに告白する。が、ミツから出た言葉は驚くべきものであった…。

 

 

吉岡は最低な男である。最初にミツと会ったのも下心だけだし、また何年後かに連絡をとったのも、交際相手のマリ子とやれないから、という理由からだ。

しかも、マリ子は会社の社長の姪っ子なのだ。お金も愛もばっちり手に入れた策略家である。

ただ、学生時代に苦しい生活をしているので、ちょっと狡猾になってしまうのも仕方ないのかなあとは思う。けれど、絶対引っかかりたくないタイプである。

 

モームの「月と六ペンス」にこんな文章がある。

労苦は人を高潔にするというが、それは嘘だ。幸福は時によって人を立派にすることもあるが、おおかたの場合、労苦は卑劣で意地悪な人間を作り出すだけだ。

 

小説には、戦後の混沌とした雰囲気があり、学生の吉岡も生活のため、なりふり構わずペテンな商売にも手を染めている。

ずるがしこくなってしまうのは、戦後間際の生活では仕方ないのかもしれない。(小説の中で戦後の怪しい商売がたくさん出てくるし、赤線のことも書かれている)

吉岡がそんな人であるからこそ、ミツの純粋さが引き立つのである。

 

 

のちに吉岡がミツのことを「聖女」と振り返って呼んでいる。遠藤周作カトリック教徒であった。遠藤周作は、ミツに理想の女性像を投影したのではないかと思う。

純粋に人を信じ、愛し、不幸なものを見過ごせず、見返りもなく助ける。聖女。

ただ彼女はあか抜けない、ミーハーな女の子なのだ。俗っぽい趣味にしたところが、出来すぎたありえない女性と思わせなくて、自然と物語を読める。

 

そんな自己犠牲を繰り返してきた聖女も「わたしの人生ってなんだったんだろう」と、あることから振り返る。そして、彼女が選んだ道とは…

 

一生の中でただ通り過ぎる人はどのくらいいるんだろう。その人たちから、どのくらい影響を受けるんだろうか。

 

その瞬間、突然、誰かが耳もとで僕自身に問いかけるような錯覚に捉われた。今でもあの瞬間、どうしてあんな声が聞いたのような気がしたのか不思議である。

(ねえ、君があの日、彼女と会わなかったら)と、その声は呟いた。 

(あの子も別の人生を―もっと倖せな平凡な人生を送っていたのかもしれないな)

(俺の責任じゃないぜ)と僕は首をふった。(一つ一つ、そんなこと気にしていたら、誰とも会えないじゃないか。毎日を送れないじゃないか。)

(そりゃそうだ。だから人生というのは複雑なんだ。だが忘れちゃいけないよ。人生は他人の人生に傷跡を残さずに交わることはできないんだよ。)

 

「人生は他人の人生に傷跡を残さずに交わることはできないんだよ。」心を打つ文章である。

 

寂しさが残る小説である。