のぐちよ日記

映画、本、アート、日々のことをちまちまと。

1970年の家族 筒井康隆「家族八景」

書物やテレビドキュメンタリーなどで、激動の昭和といわれるだけあって、昭和の時代というのは年代ごとで、本当にいろんなことがあったんだと改めて気が付く。

 

1970年、1971年の出来事で調べると、1970年、大阪万博が開催、1971年、沖縄返還マクドナルド1号店が銀座にオープン。

男性は長髪が大流行、テレビの全盛期で「8時だヨ!全員集合」が視聴率50パーセントを記録するなど、戦後から25、6年たち、すっかり経済が上向きで、文化も変化していく様子が分かる。 

 

今回はそんな時期に執筆、出版された小説、筒井康隆の「家族八景」についてである。

 

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 

主人公の火田七瀬は18歳の女性で、お手伝いの仕事をしている。彼女はおとなしく、真面目であるが他の人と大きく違うところをもっている。それは、人の心が読めるということである。

 

七瀬は人の心を読む要領を得ており「掛け金をかけたりおろしたり」して、家族の心の内を覗きながら、その能力を隠すため転々とする話である。

1話ずつ異なる家族がでてくるけれど、お手伝いを雇うところから、中流階級か、もしくはそれ以上の家庭というところが共通点である。

 

夕飯の支度が整い、テレビのニュースが始まる七時きっかりに、家族全員が茶の間に集まった。これも尾形家の習慣だった。誰が言い出したわけでもなかった。もし誰かそのことを口に出す者がいれば、たちまちその習慣は破られてしまうに違いなかった。

(「無風地帯」より)

 

 一見、恵まれているような家族でも、実は表面的なところだけ。

当時の時代背景も併せて読むとよりリアルな小説である。

 

「日曜作家」は、竹村天州という絵描きの家のお手伝いにいく話である。天州の父が有名な画家であったが、息子の天州は、普段会社で課長をしており、休みになると絵を描いている。

当主であり無口な竹村天州、天州の妻であり気の強い専業主婦の登志、女好きでわがままな息子、克己の家族の話である。

 

「だんだんいそがしくなってきて」という、さっきのことばとうらはらに、登志は何度も家事が「楽である」ことを強調した。事実そうだろう、と七瀬は思った。

登志が天洲の意見も聞かず女中を求めたのは、名家としての世間体を復活する為であった。

よほど見栄っ張りで、しかも負けず嫌いなのに違いなかった。

それはまた、昔「竹村画伯の家へきたお嫁さん」だった頃にちやほやされた記憶が、それから二十数年経つ今もまだ彼女の中になまなましく残っているからである。

 七瀬にあてがわれていた部屋は、それまで物置にでも使われていたらしい押し入れつきの暗い二畳間で、布団を敷くだけがやっとの広さだった。

今まで住み込んできたあちこちの家族と比べれば待遇はいちばん悪く、机や電気スタンドさえ貸して貰えそうになかった。

登志が若奥様だった時代の女中たちはきっとこのような待遇に甘んじていたのだろう、もしわたしでなければ、今の若いお手伝いなら、ぷっと膨れてすぐ出ていくところだろうなと、手荷物を整理しながら七瀬は思った。

 

実際の文章では女中というところが、句読点で強調されて書かれている。それは登志がお手伝いさんではなく、あえて七瀬を女中と呼ぶからである。

いまや没落しつつある名家の誇りを守ろうとする見栄と、登志の若い頃と七瀬の今との、お手伝いの境遇の違いがわかる。

 経済格差も縮まってきたことが分かる描写である。

 

 七瀬が心を読むシーンは臨場感がある。

「澱の呪縛」は主人夫婦が交代で店番をする大きな履物屋の、13人家族の家政婦になる話である。

 

ものすごく悪臭漂う家で、洗濯物はたまりきっているし、食器は米粒がこびりつかせたまま茶の間に置かれている。ガサツな家で歯ブラシも共同で使うありさまである。

 

衛生観念ゼロ。おおらかといったら聞こえはいいけれど、悪臭に耐えられない七瀬は一気に家の隅々まで掃除し、片付けをする。

 

良いことをしたというのは、時に独りよがりになることもある。

自分たち一家が不潔であることを気付かせてしまったのだ。ぬくぬくした家は殺伐とした雰囲気に一変する。

 

茶の間が、七瀬への悪意でいっぱいになった。

(自分だけが清潔という意識を持っていやがる)(ヌード写真集だけは、そのまま置いときやがった)(いや味だ)

(おれたちに劣等感を持たせようという腹なんだ)(強姦してやろうか)

(そうすればおれたちと同じになっちまうぞ)

やがてその悪意は反動的に、不潔な自分、そして自分をこんなにも不潔にした、より不潔な自分の家族へと向けられはじめた。

(おふくろがずぼらだからいけないんだ)(親父がおふくろを甘やかし過ぎたんだ)

七瀬は、今まで彼らの意識の表面に出ることのなかった、家族に対する憎悪まで噴出させてしまったのである。

ラストまで続く、家族の怒涛の心模様がテンポもよく、すごく面白い。

 

すべての話に共通していえるところは、父の威厳がなく、母が強いというところだろうか。父性が薄れたことも、この時代の象徴なのだろうか。

 

七瀬シリーズは三部作。「家族八景」「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」である。

七瀬ふたたびは、七瀬がお手伝いを辞めた後、超能力者たちのSFアクション。エディプスの恋人は別次元で、七瀬が高校の事務職員になり、ある生徒の超能力を知り、調べていく話である。

全部読んだけれど、家族八景以外はSF色が強めなので、わたしはダントツでこのドロドロした、家族八景をお勧めします。

 

(昭和の出来事については下記サイト引用)

戦後昭和史 - 1971年・昭和46年の出来事

1970年代流行(出来事) | 年代流行